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第14話 落下と抱擁②

Autor: 花柳響
last update Última actualización: 2025-12-29 10:00:31
 脚立の最上段。

 そこは、足元の世界が遠く霞むほど高い場所だった。

 私は震える爪先に力を込め、へっぴり腰のまま、精一杯に右腕を伸ばす。

 指先が触れたガラスは、昨夜の嵐の名残を吸い込んだように冷たい。雑巾を滑らせると、きゅ、と湿った音がして、指先から体温が奪われていく。

 一度、二度。

 白い曇りを拭い去るたびに、ガラスの向こう側が鮮明になっていく。曇天の光が射し込み、埃っぽい視界がクリアな世界へと書き換わる。

 ふと、視線が吸い寄せられた。

 窓の向こう。かつて、私が暮らす「月島邸」が建っていた、あの広大な更地へ。

 今は雑草が生い茂るだけの無機質な野原。その片隅に、低い石壁に守られるようにして、ぽつりと灯る一房の輝きがあった。

 灰色の風景の中で、そこだけが切り取られた別世界のように、たおやかな大輪の花が揺れている。

 柔らかな桃色。花芯に向かうほどに濃厚になる、完熟した果実のようなアプリコット色。

 幾重にも重なり合った花弁は、雨の雫を抱え込んで重たげに首を垂れている。

(……アブラハム・ダービー)

 名前が、脳裏に浮かんだ。

 間違いない。没落する前の家で、私が何よりも大切にしていたイングリッシュローズだ。

 あの日、借金取りたちが土足で庭を踏み荒らし、美しいバラ園は根こそぎ掘り返されたはずだった。跡形もなく消え去ったと思っていたのに。

 十歳の誕生日。

 父様が「莉子に似合う色だ」と言って、わざわざ海外から取り寄せてくれた苗木。

 どうして、あんな場所に。

 誰にも世話をされず、雑草に埋もれながら、それでも枯れずに根を張っていたのだろうか。

「お父様……」

 口をついて出た声は、あまりに小さくて、広いホールの空気に溶けて消えた。

 ガラス越しの景色が、急速に涙で歪んでいく。

 滲んだ視界の奥で、記憶の中の父様が笑った気がした。

 剪定の仕方を教えてくれた、ゴツゴツとした大きな手の温もり。土と緑の匂い。

 鼻の奥に、あのバラ特有の、フルーツとスパイスが混ざり合った芳醇な香りが蘇る。

 もっと、近くで見たい。

 あれは、私の幸せだった時代の、最後の欠片だから。

「あっ――」

 ガラスに顔を近づけようとした、その時だった。

 ふわりと、足の裏を支えていた確かな感覚が消える。

 前のめりになりすぎた
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